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平成30年野球殿堂入り発表!
競技者表彰委員会・プレーヤー表彰からは松井 秀喜氏金本 知憲氏が、エキスパート表彰からは原 辰徳氏が新たに殿堂入りとなりました。また、特別表彰委員会からは故・瀧 正男氏が新たに殿堂入りとなりました。
これで野球殿堂入りは201名となりました。

松井 秀喜 まつい ひでき

生年月日: 1974年6月12日
出身地: 石川県
出身校: 星稜高
履歴・球歴
星稜高
1993〜2002年 巨人
2003〜2009年 ヤンキース
2010年 エンゼルス
2011年 アスレチックス
2012年 レイズ


NPB(実働10シーズン 外野手 右投左打)
1268試合 4572打数 1390安打 332本塁打 889打点
打率.304
首位打者1回(2001)
本塁打王3回(1998、2000、2002)
打点王3回(1998、2000、2002)
最高出塁率3回(1998、2000、2002)
最優秀選手3回(1996、2000、2002)
ベストナイン8回
ゴールデングラブ賞3回
オールスター9回
正力賞1回(2000)
最多連続試合出塁65(2001.5.5〜8.3)セ記録
国民栄誉賞(2013)


MLB(実働10シーズン)
1236試合 4442打数 1253安打 175本塁打 760打点
打率.282
ワールド・シリーズMVP 1回(2009)
オールスター2回

“ゴジラ”の愛称で親しまれた平成を代表するスラッガー。1992年ドラフト1位で巨人に入団。在籍10年間で首位打者1回、本塁打王3回、打点王3回のタイトルを獲得し、チームのリーグ優勝4回、日本一3回に貢献した。2003年、ヤンキースに移籍。09年にワールド・シリーズでMVPに輝く活躍で、チームをワールドチャンピオンに導いた。日米通算で507本塁打、1649打点を記録、チームの主砲として活躍した。


金本 知憲 かねもと ともあき

生年月日: 1968年4月3日
出身地: 広島県
出身校: 広陵高 - 東北福祉大
履歴・球歴
広陵高
東北福祉大
1992〜2002年 広島
2003〜2012年 阪神


NPB(実働21シーズン 外野手 右投左打)
2578試合 8915打数 2539安打 476本塁打 1521打点
打率.285
打点王1回(2004)
最優秀選手1回(2005)
ベストナイン7回
最多連続試合全イニング出場1492 (1999.7.21〜2010.4.17) 日・セ記録
最多連続打席無併殺打(連続シーズン)1002 (2000.5.12〜2001.9.28)日・セ記録
サイクル安打(1999.4.24)
オールスター11回

1991年ドラフト4位で広島に入団。94年に17本塁打で頭角を現し、95年には初のベストナインを受賞。2000年には打率.315、30本塁打、30盗塁で史上7人目のトリプルスリーを達成。2003年、阪神に移籍し、同年と05年のリーグ優勝に貢献した。98年から2011年まで1766試合連続出場を果たす。また、99年から2010年まで大リーグ記録を上回る1492最多連続試合全イニング出場を達成するなど、“鉄人”と呼ばれ、常にチームの中心選手として活躍した。


原 辰徳 はら たつのり

生年月日: 1958年7月22日
出身地: 神奈川県
出身校: 東海大相模高 - 東海大
履歴・球歴
東海大相模高
東海大
1981〜1995年 巨人
1999〜2001年 巨人コーチ
2002〜2003、2006〜2015年 巨人監督
2009年 WBC監督


NPB(実働15シーズン 内野手、外野手 右投右打)
1697試合 6012打数 1675安打 1093打点 382本塁打
打率.279
打点王1回(1983)
最多勝利打点2回(1982、1983) 最優秀選手1回(1983)
最優秀新人(1981)
ベストナイン5回
ゴールデングラブ賞2回
通算最多勝利打点91 セ記録
シーズン最多犠飛12(1991) セ記録
イニング最多本塁打2(1985.5.12)日・セ記録 オールスター11回

監督成績
12年 1715試合 947勝712敗56分 勝率.571
日本一3回(2002、2009、2012)
リーグ優勝7回(2002、2007〜2009、2012〜2014)
正力賞3回(2002、2009、2012)

1980年ドラフト1位で巨人に入団。81年、126安打、22本塁打の活躍でリーグ優勝、日本一に貢献し、新人王に選ばれる。83年には103打点で打点王となり、チームをリーグ優勝に導くなど、長嶋・王が引退した後の巨人を支えた。引退後は巨人の監督を通算12年務め、リーグ優勝7回、日本一3回を達成。また、2009年の第2回WBCでは日本代表監督としてチームを連覇に導いた。


瀧 正男 たき まさお

生年月日: 1921年9月8日
没年月日: 2012年4月2日
出身地: 愛知県
出身校: 中京商業 - 名古屋高等商業学校
履歴・球歴
1936〜1941年

中京商業(現 中京大中京)
1937年の夏の甲子園大会で優勝メンバーとなる。翌38年春の甲子園大会で野口二郎投手とバッテリーを組み優勝する。 選手として、春夏の甲子園大会で優勝。

1941〜1943年 名古屋高等商業学校(現 名古屋大学経済学部)

1953〜1962年

中京商業野球部長・監督
野球部の指導者として、54年夏、56年春の甲子園大会で全国制覇を果たす。

1956〜1986年

中京大学野球部長・監督
部長:1956〜1986年春まで
監督:1956年、1958〜1969年、1971〜1983年まで
連続11シーズンを含む28回のリーグ優勝を果たす。1970年の全日本大学野球選手権大会にて優勝。

1964〜1992年

中京大学教授(92年〜名誉教授)

1986〜1992年 愛知大学野球連盟副会長


1937年夏の甲子園大会で中京商業の優勝メンバーとなる。翌年、春の甲子園大会では捕手として優勝に貢献した。戦後、指導者となり中京商業野球部長として54年夏、56年春の甲子園大会で優勝。選手・指導者の両方で、春・夏甲子園大会で優勝を成し遂げる。56年から中京大学野球部長・監督となり、愛知大学野球リーグ戦で連続11シーズンを含む28回の優勝を達成。70年には東海勢として初めて全日本大学野球選手権大会で優勝。また、指導者の育成にも力を注ぎ、沖縄水産を率いた、故・栽 弘義監督をはじめ多くの指導者を育て、アマチュア野球界の発展に貢献した。



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